リヒトが大切にしていること

—リヒトが行っている地域生活支援—

はじめに

 私からは「リヒトが大切にしていること—リヒトが行っている地域生活支援」というテーマでお話をしていきます。リヒトが行っているそれぞれの事業について、詳しい内容はこの後の発表にお任せします。ここでは、リヒト全体として何を大切にしているのか、リヒトが支援を行う際の姿勢についてお話をします。

「地域生活支援」というと何だか大袈裟な響きに聴こえます。皆さんは、どんなものを想像するでしょうか。何か「特別なことをしてもらう」というイメージはありませんか。リヒトが支援をする上で考えていることは、大袈裟なことや特別なことではありません。もっとシンプルなことです。それは「あなたの地域での生活を大切にする」ということです。

利用しやすい環境づくりのために

 リヒトが2004年の10月に設立してから丸3年が経ちました。開設したばかりの頃は、「本当に来てくれるだろうか?」と、とても不安でした。「〝リヒトに行ってみようかな?〟と思ってもらえるだろうか?」「どんな工夫ができるだろう?」、また「どうしたら来てくれた人を丁寧に迎えられるだろう?」と、悩み・考え、試行錯誤を重ねてきました。この3年間はフリースペースに重点を置いて取り組んできました。利用しやすい環境作りや、安心して過ごせる場所の保障、相談しやすい環境を準備することに力を入れてきました。

・はじめのハードルを低く

 利用しやすい環境作りの一つとして、リヒトでは利用のハードルを低くしてあります。リヒトを利用する際、特別な書類は必要ありません。「特別な書類」とは、お医者さんに書いてもらう診断書やこれまで利用していた機関の紹介状のことです。

 新しく施設を見学したり、利用すること、つながっていくことには一歩を踏み出す勇気やエネルギーがいります。それだけでも大変なことです。見学をしたばかりでまだよくわからない場所に、特別な書類を揃え、それを再び持っていく・・・。そうした一連の作業は、利用するに当たりハードルが高いことです。せっかく「利用してみようかな・・」という気持ちになって見学に来ても、次に行くのが面倒になってしまいそうです。リヒトの支援を必要としている人にとって、本来なら利用するのに必要な手続きのはずが、利用につながる障害になって欲しくはありません。

・つながっていくためには?

 しかし利用する人が増えていく中で、「診断書や紹介状をもらった方がいいのではないか?」と考えたこともあります。「その人がこれまでどのように医療や社会資源とかかわってきたのかを知り、これまでのかかわりをつなげていける方が丁寧なのではないか」、「関係性がまだできていない中で、緊急に対応する時には必要なのではないか」、「自分のことを相手に伝え、知ってもらうことは簡単なことではないため、本人にかかる〝語ることの負担〟が減らせるのではないか」など。支援を必要としている人に対して、「どうしたらリヒトとのつながりを持ってもらえるか、どうつなげていけるか」と悩み、考えました。

 現在、全員に診断書や紹介状の提出を求めていません。その人とリヒトが出会う前に、最初からある決まり事にはしていません。それぞれの状況によって、リヒトの利用の目的によって、必要があれば後から持ってきてもらうことにしています。リヒトでは、利用のハードルを低くすることで、利用しやすい環境を作るようにしてきました。

フリースペースでのかかわりを通して

 リヒトではその人に関する情報が少ない中で、かかわりが始まります。だからこそ、フリースペースに重点を置いてきました。「どんな人なのか、どんな生活をしているのか、どんなところに生活のしづらさを感じているのか」など、その人のことを知るためにフリースペースをフル活用してきました。安心して相談できる環境であるために、フリースペースでのかかわりを大切にしてきました。

・日常場面でのかかわりを大切にする

 初めてリヒトを利用する人や利用して間もない人に対して、「相談があれば、どうぞスタッフに声をかけてください」とだけ説明をしても、それは案外難しいことです。新しい場所を利用する緊張感があって当然です。よく知らないスタッフに対して「相談があるんですけど・・」と、自分からは言い出しにくいものです。やっとの想いで「相談があるんですけど」と声をかけた人でも、面接室という特別な空間では緊張してしまいます。もちろん、うまく自分を表現できる人もいますが、多くの人にとって自分が困っていることや悩んでいることを言葉にするのは、難しいことです。困っているのにもかかわらず、スタッフと対面しているシチュエーションでは、緊張感で思わず「大丈夫です!」と言ってしまうものです。

 フリースペースの空間で隣に座り、喫煙所で一緒になるという日常の場面の方が、構えずに語ってくれることがあります。「実はね・・」と話してくれることがあります。ぽつぽつと言葉にしているうちに、自分の考えが整理できることがあります。自分が「困っている」「大変なことなんだ」と改めて気づくこともあります。昨日の出来事や家族のことについて、ちょっとした不安や愚痴について、笑い話で楽しく終わることもあれば、「大丈夫かな?」と心配になることもあります。その時は面接室へ移動して「相談」となります。フリースペースの中で語られる何気ない日常の話は、話している本人にとっては「相談」と言うほどのことではないかもしれません。日頃から話しているからこそ、普段その人がどのように過ごしているのか、どんな風に感じているのかということも、段々とわかるようになり、想像できるようになります。それは私たちにとって、とても貴重な情報です。その人の生活や日常が表れています。面接室ではわからないことも、フリースペースでは垣間見れることがあります。

・「支援」につなげていくために大切にしていること

 今の話を聞いて、利用者の方の中には、普段からスタッフが「見ている、観察している」と感じてしまう人もいるかもしれません。けれど「ただ見ている、観察している」のではありません。フリースペースで一緒に過ごすことで、スタッフのことも知ってもらえる機会になります。一方的に「見ている」のではなく、利用者のみなさんにスタッフのことを「見てもらい、知ってもらう」ことでもあります。スタッフだって「見られている」のです。

 フリースペースでのかかわりがあるからこそ、後々の「支援」につながることがあります。スタッフのことを知っているからこそ、普段のその人の様子がわかるからこそ、安心して相談できるということがあります。フリースペースでのかかわりから、次第に関係性ができていきます。関係性があることで、困ったことが起きた時に、相談しやすいということはたくさんあります。

 もちろん日常の場面で話をする際には、他の利用者の方もいるため、個人情報のことや後になって「話し過ぎてしまった」と後悔しないこと、周りで聴いている人のことなど、慎重に考えなくてはいけません。

 フリースペースでのかかわりは、「面接室で相談する」とか「作業所見学に同行する」という件数で現れる支援に比べ、分かりにくい部分です。利用している人たちにとっても、あまり「支援」として思われていないかもしれません。しかしそれは「支援」につなげていくために大切なことです。リヒトで築いてきた安心して相談できる、相談しやすい環境の基礎の部分となっています。

 フリースペースの環境の変化から

—これまでの反省と課題、そして今後の可能性—

・「場の一体感」の変化

 リヒトでは、これまでフリースペースに重きを置いて「支援」をしてきました。それが可能なフリースペースの環境がありました。リヒトの空間はとても狭いスペースで、空間に一体感がありました。狭いスペースの環境を活かして、関係性を深められた面もあります。

 フリースペースでは、色々な人が出入りし、出会い、交流が生まれます。リヒトの空間が狭い時は、色々な人が出入りする環境であっても、人の動きに制限や限界がありました。狭い空間であるために、場を共有している人とかかわらざるを得ないという部分がありました。

 そんなリヒトのフリースペースの環境に大きな変化がありました。2006年10月にリヒトは同じフロアの中で引っ越し、広さが2倍になりました。広くなったことで、それまでフリースペースにあった「場の一体感」というものは薄らいだ感じがしています。

 空間が広くなり、改めて強く感じたことがあります。フリースペースに馴染めないと感じている人にとって、「場の一体感」がある空間は、いづらい環境だったということです。「少し距離をとって一人で過ごす」「少し離れたところから場の雰囲気を共有する」ということが、難しい空間でした。フリースペースで過ごすことが、「ハードルが高いこと」に感じていた人もいたことでしょう。

・リヒト=フリースペース?

 新しく見学に来た人に、フリースペースの存在が目立つのは仕方がないことです。リヒト=フリースペースという印象が強く残ります。リヒトの利用を開始する時に、まず見学してもらうのがフリースペースだからです。見学者は「自分がリヒトをどう利用するのか、どう過ごすのか」を想像します。しかし想像することは意外と難しいことです。リヒトの利用をフリースペースに限定して考えてしまうと、そこでつまづいてしまう人もいるでしょう。つまづいてしまう人にこそ「支援」が必要であるのに、利用につなげられなかったという歯がゆい想いがあります。もっと個別に「リヒトをどう利用するか」について一緒に考えていくことから、かかわりを始めなくてはなりません。フリースペースが苦手な人・リヒトの利用にまだ慣れていない人のために、「はじめてのリヒト」というグループワークを始めた経緯はあります。それでも一度見学に来てからいらっしゃらない人、利用が途切れてしまった人がいるのも事実です。他の機関を利用されていれば、それはそれでいいのですが、どこにもつながっておらず、リヒトにもその後いらっしゃっていない方達のことは気になっています。

・場に働きかけることから、より個別的なかかわりへ

 フリースペースでじっくりと関係性を築き、支援を展開することが多かったリヒトでは、緊急に動くことや関係性が十分でない中での支援には弱い面がありました。積極的に出向くというよりは、フリースペースの中で待つ傾向がありました。今後は、フリースペースで待ち構えるだけでなく、個別での、より踏み込んだ形のかかわりも必要になってきます。

 フリースペースが広くなったことで、大人数の中で過ごすことが苦手な人や、少し距離をとって一人で過ごしたい人にとって、過ごしやすくなった面はあります。一方で、フリースペースの全体の様子を把握することが難しくなりました。フリースペースの中での距離感が遠くなりました。これまでのように、一体感をもってじっくりと関係性を深めるということが難しくなった部分があります。フリースペースに重きを置き、場に働きかけるには、今の空間は広すぎます。ここでも、より個別的なかかわりが求められてきます。

変わらずに大切にしていくこと

 リヒトができて3年が経ち、4年目に入っている今、変わらなければならないところや課題があります。ただ、リヒトが利用者のみなさんにかかわる時に、大切にしている支援の根っこの部分は変わりません。それは「あなたの地域での生活を大切にする」ということです。それはこれからも変わりません。

 利用している人たちの、一人ひとりの状況は違います。性格も、生活の状況も、障害も、困っていることも、課題も・・。一人として同じ人はいません。だからこそ、その人の状況によって必要な支援も違います。

・「あなたの地域での生活を大切にする」ために

誤解を恐れずに言うと、リヒトの支援には差があります。利用者一人ひとりが抱える「生活をする上で困っていること」は違うからです。リヒトでは、一人ひとりの地域生活を大切に考えています。一人ひとりにとっての必要な支援であって、同じかかわりはありません。たとえ、本人の希望があったとしても、Aさんに行っている支援をそのままBさんにするとは限りません。「あなたの地域での生活を大切にする」ということは、本人の希望を言われた通りに叶えるということではありません。自分でできることは、自分でできた方がいい。究極を言えば、リヒトがなくても生活できるようになれば、それに超したことはありません。「気づいたらリヒトに行かなくても生活できるようになっていた」、「毎日の生活が忙しくてリヒトのことは忘れていた」となるようなかかわりも、「あなたの地域での生活を大切にする」ことだと考えています。しかし何かしらの支援があるからこそ、安定して地域で生活が送れる人もいます。リヒトでは、一人ひとりの地域での生活を大切にし、その人に合った・必要な支援を一緒に考え、探し、取り組んでいきます。

おわりに

 長い話になりました。前半ではこれまでのリヒトが大切にしてきたことについてお話をしました。後半は環境の変化から見えてきた反省点や浮き彫りになってきた課題について少し触れました。色々と言いましたが、リヒトが支援をする際に考えていることやその姿勢、大切にしていることが、何となくでも、ほんの少しでも伝わったら幸いです。リヒトが行っている支援の具体的な内容については、配布した資料やこの後の発表を参考にしてください。

報告者:中村あゆみ(2007年度リヒトスタッフ)

2007事業報告会発表原稿集 1/5


1. リヒトが大切にしていること(このページ)

2. フリースペース・自主活動・グループワーク

3. ピアカウンセリング

4. 訪問支援・同行支援・指定相談支援事業

5. ネットワーク形成・連絡調整・広報・機関紙